それから丸一日経った日のことである。夕食を終えていつものように食事を終えたミオは席を立ち、自分の部屋へと戻ろうとした。
しかしそんな彼女を、父のベトルーグ・エヴェーレンが呼び止めた。 「実は折言ってお前に頼みがあるのだ」 珍しく父にそう言われてミオはキョトンと首を傾げた。父がミオを呼び止めるなど珍しいし、頼みをするなどもっと珍しいことであった。 「頼み、ですか?」 「ああ、大事な話だからそこに座れ」 一度席を立ったが父に指差された椅子に訝しげな表情を浮かべながらもまたミオは座る。 「単刀直入に言うぞ。勇者レイ・シュタインの元へ嫁に行ってくれないか?」 「はい?」 父の予想外の言葉にミオが思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。隣席に座っていた妹のエルフェがその声にクスクスと鈴を転がすような声で笑った。 「勇者様の元へ、ですか?」 冒険者に憧れているミオなので当然のことながら勇者の武勇伝は事細かく聞いている。 勇者レイ・シュタインは異世界からこのフロード王国の魔法師に召喚された黒髪の青年である。魔犬退治や、巨人との一騎打ち、最近では世界最大の災厄と言われていた赤竜の討伐など、勇者の名に恥じない華々しい活躍はミオの心をいつも弾ませていた。 それにミオには勇者に特別な秘密を持っている。 「うむ。昨日の城の爆発事件は知っているか」 知っているも何もミオは近くの森で城壁が吹き飛ぶ様子をこの目で見ていた。 しかし魔法の練習と言うと父は嫌な顔をするのでミオは瓶底眼鏡の奥で曖昧に頷く。 「実はあの犯人が実は勇者レイなのだ」 「え? 勇者様がお城を壊したのですか? 何故?」 予想外の犯人の名前にミオは黄昏色の目をパチクリとさせてしまう。食卓に置かれた魔力蝋燭で照らされた父親の影が一瞬色濃く見えたような気がした。 「うむ。知っての通りアレは異世界から我がフロード王国の魔法師達の力を結集してこの世界に召喚した存在だ」 「ええ、存じております」 稀代の勇者をアレと言うのはどうなのかと思いつつもミオは話の続きを促す。 「そもそも、その召喚儀式自体は他国に我が国の魔法力技術力を誇示するためのものであったのだ。特に西のヴァイス国の動きがどうにもキナ臭かったのでな」 武力をアピールすることで戦争を抑止する。例えて言うなら、豪華な屋敷の前で筋骨隆々とした男たちが並んで玄関先で金属バットを素振りしているようなものだ。 そんな光景を見ればいくら豪華な屋敷であっても強盗はわざわざその家に押し入ろうとは思わないだろう。男たちに囲まれて金属バットでボコボコにされるリスクの方が高い。それならそこそこ裕福そうでかつ弱々しい老婆の一人暮らしの家を狙った方が効率が良いだろう。 つまりミオが住むフロード王国はヴァイス国からの侵略戦争を避ける為の牽制として勇者を召喚したのだ。勇者にヴァイス国を倒してもらう訳ではない。どちらかと言えば「この国には異世界から勇者を召喚するだけの技術力と人材がいるのだ」と言うアピールの一環である。 確かに異世界から勇者を召喚するとなると途方もない力が必要だろう。ミオは植物を召還するだけでも失敗してしまうのだ。 人並外れた強力な力を持った英雄を召喚するなんて一大事業である。それこそ国の精鋭魔法師たちが総出で取り組み、かつ高価で貴重な魔法道具を湯水のように使わなければ到底不可能だろう。 「……はい」 「つまり、召喚そのものが目的であって、勇者の存在そのものは特に問題視していなかったのだ」 父の話に飽きたのかエルフェはつまらなそうに食後の紅茶が入っていたカップの縁をくるくると指でなぞりだす。エルフェの様子を見た母がエルフェに甘い菓子を出すようメイドに指示した。 両親とも妹のエルフェを溺愛している。それはそうだ。妹はフロード王国一の美少女と言われているのである。 ミルクティーの雨をそのまま固めたような美しいブロンドの髪、晴れ渡った青い空を小さく切り取ったかのような瞳、透き通るような白い肌に小さくて愛らしい蕾のような唇、少し低い鼻は愛らしい印象を与えた。 どれを取っても愛らしいとしか言いようのない容貌である。 紅茶のおかわりと花の形を模した色とりどりの可愛らしい菓子がエルフェの前に置かれる。 ミオの前には何も置かれない。メイドたちもミオを軽視しているのだ。いつものことなので菓子とエルフェを横目でチラリと見ただけでミオは父の話に耳を傾ける。 「だからな、元の世界に戻してやると言う条件で国王や我々はアレに色々討伐をするよう命じたのだ」 「それってまさか」 とんでもなく嫌な予感がしてミオはごくりと生唾を飲み込む。 「何処かで死んでくれたら後腐れがなくて良いと思っていたのだが、中々しぶとくてなあ」 「なんてことを!」 父の酷い物言いに血相を変えたミオは思わず声を上げてしまう。 信じられない。なんと非道な真似をしているのだ。 自国の武力アピールのためだけに異世界から勇者を召喚し、いざ召喚しても彼を持て余して邪魔者扱いをして死なせるつもりで無謀とも言える危険な任務を命じ続けたのだ。 それは最早鬼畜の所業である。人の命を一体何だと思っているのだろうか。 「とうとう赤竜まで討伐しよって……しかしこちらも元の場所に戻す方法など知らぬしなあ」 ミオの非難の声などどこ吹く風で、欠片も悪びれることなく父は話を続ける。 勇者を元の世界に戻すつもりなど毛ほども無いと表情が如実に表している。召喚の儀式だって国中の精鋭を集め時間と労力をかけて実行したのだ。邪魔者にそんな手間暇をかけるつもりはないだろう。 ミオの脳裏に嫌な想像がよぎった。まさかとは思いながらもおずおずとその想像を口にしてみる。 「まさかその、昨日の爆発は……それを知った勇者様がお怒りになった故に攻撃したのですか?」 「その通り。ははは、真っ青になった王の顔は中々見ものであったがな」 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて父は髭を弄った。父ベトルーグ・エヴェーレン公爵は国王の信頼厚い家臣である。普段は国王にベタベタと媚を売っているのにこの発言だ。この人は本当に自分とエルフェ以外はどうでもいいらしい。 いやエルフェのことさえも「自分の出世のために役立つとっておきの宝石」と考えているのかも知れない。そんな父がミオにはまるで醜悪な怪物のように見えてならなかった。 「勇者は国王に二つの条件を突きつけた。元の世界に戻す方法を探すこと、そしてもう一つは幽霊島を自分達の国として成立させること、だ」 「幽霊島?」 幽霊島は赤竜の棲処であった島である。ミオも詳しい歴史は知らないが北の果てにある不毛の地と書物で読んだ。 「まあ元に戻る方法についてはともかく、あんな果ての島などどうでもいいからな、国王は一も二もなく頷いた」 「……はあ」 「あの島は特にどこの国の領地であると決まっている訳ではないが、まあ我が国の後ろ盾はあった方が良いと踏んだのだろう。私の知る限り豊富な資源がある訳でも良い土地でもなさそうだ」 やはり不毛の地らしい。 「しかし国王は不安らしくてな。幽霊島は我が国から遠く離れているが、今度は自国に攻め入れられたらたまったものではないと恐れたらしい」 「はあ」 「そこで王はとんでもないことを言い出した」 「なんですか?」 「国一番の美姫と名高いエルフェを勇者の嫁に差し出して機嫌を取れと言うのだ」 「やだこわーい」 わざとらしい声を上げてエルフェがぷるぷると震えて見せる。嫌味ったらしいその仕草も彼女がすれば何とも小悪魔のように悪戯っぽく可愛く見えるのが不思議だ。 「可愛いエルフェにそのような真似はさせられん、と言う訳で代わりに姉のお前が国王命令として勇者の嫁になるのだ」 「と言う訳で……ですか」 軽々しい、なんて言葉では到底足りない。吹けば吹っ飛ぶほどの軽い口調で父はそうミオに命じた。 娘の人生をなんだと思っているのだ。怒りを通り越してミオは呆れてしまう。 しかし昔からこうだった。父だけではない。母もエルフェだけを可愛がりミオのことは放ったらかしだった。 成人し、年頃になってもお洒落にも恋話にも人の噂話にも興味を持たず冒険に傾倒するような変わり者の女の子だったから放ったらかしになったのか、放ったらかしにされたから冒険に傾倒するようになったのかはミオにはもう思い出せない。 「いいじゃないお姉様、お姉様が得意な魔法であの謎の草を荒野に生やして差し上げたらいかがです? 荒野も緑の土地になりますわ」 「まあエルフェったら、ほほほ」 コロコロと美しい楽器のようにエルフェがミオを揶揄する。ミオには冒険者の才能も何もないのを知っているのだ。 身の程知らずで能無しの夢想家。それが家族のミオに対する評価である。 幼い頃はここで怒ったり悲しんだりしていた。しかしその度に「お姉様ったら恐い」「冗談も分からないのか」「ミオみっともなく泣くのはお止めなさい、恥ずかしいですよ」と口々に言われますます笑い者になってミオは孤立していくだけだった。だから無表情でただテーブルの下で自分の地味な柄の黒ドレスをぎゅっと握り締めるに止まる。 「お母様もエルフェも今の勇者様のお話を聞いてどうとも思わないのですか?」 「それは気の毒よ。可哀想なお話だと思うわ」 「なんて可哀想な勇者様」 ミオの問いかけに白々しい言葉を並べる母の張り付いた笑みもそれに追従して笑うエルフェの笑みも気持ちが悪い。 もしかしたら自分は本当はこの家の人間ではないのかも知れない。あまりにも価値観が違いすぎる。 それならばいっそ。 「分かりました。勇者様の元へ参ります」 ミオが静かにそう告げる。ミオだって結婚適齢期だ。それにこの家にいたくない。いや、それよりも可哀想な勇者のために何かをしたくなったのである。 「そうか、なら明日の朝にでもすぐに旅立ってくれ」 父は無感動にそう告げる。 「明日……はい」 あまりにも早すぎる出立だが、ミオは頷く。元々荷物なんて僅かな着替えと魔術の本くらいしかない。あともう一つ宝物がある。 「わ! それならば明日はお姉様の結婚パーティーですわね!」 「まあエルフェったら、ミオは朝早くにいなくなるのに……けれどお祝いはしなくちゃね。ミオの結婚ですもの。パーティードレスは何を着ようかしら」 「こないだ買ったあのドレスが着たいわ!」 妹と母はミオそっちのけで本人不在の結婚パーティーの相談をし始める。悪気がないのが余計に酷い。 (下らない……) こんなところに一秒たりともいたくない。さっさと荷造りをしようとミオは椅子から立ち上がるのであった。結局あれから就寝までレイと顔を合わすことはなかった。 自分は外交の窓口になることは難しい。けれど、その他のことなら何でもする。だからこの島にいさせてくれないかと頼み込んで了承を得るしかないのである。 そうしなければミオは本当に野垂れ死にする以外なくなってしまう。 そのためにミオは夜にレイの部屋を訪れていた。 ノックをして名を名乗ると、長い沈黙の後でレイは部屋のドアを開けてくれた。ドア越しにレイは開口一番こう言った。「王国に帰る?」 恐らくさっさと帰ってほしいと言うのがレイの願いなのだろう。「……いえ、帰りません」 本当は「帰りません」ではなく「帰れません」だがあえてミオはそう言った。「いや、だから何しに来たんだって話なんだけどさ」 大袈裟に呆れた顔をしてレイはそう返す。「私に出来ることでしたらなんでも言いつけてください」 それはミオの心からの言葉だった。勇者の嫁としてこの島で暮らすために自分はここに来たのである。 父から無理矢理に送り込まれた政略結婚ではあるが、それでもレイはミオが尊敬する勇者、レイ・シュタインなのだから、ちゃんと前向きに頑張りたい。 自分に何が出来るのか全く分からないけど。「何でも? じゃあ今裸になれと言ったら?」 しかしレイの言葉は嘲笑混じりの冷ややかものである。その言葉の意図を察してミオは息を呑んでしまう。「まあまあ無理しなくていいから。今日のところは部屋で寝たら?」 優しい言葉とは裏腹に冷笑を向けるレイにミオは一度下唇を噛む。「……なります」「は?」 ぐいとレイの胸元を手で押して、ミオは半ば無理矢理レイの部屋へと入った。 生まれて初めて入った男の人の部屋は、男性特有の匂いがしてその違和感に思わずミオはごくりと息を呑んだ。 しかし決意したように無言で着ていた夜着に手をかける。「おい、」 レイが驚きの声を上げる。 それに構わずにミオはえいと内心で気合いを入れると、シュミーズドレスの背中のリボンを解いて、パサリと足元に脱ぎ捨てた。「……いかがでしょうか」 両手を胸を隠してミオはレイの目を見てそう告げた。貴方の嫁なのだから恥ずかしくないのだ。と言いたげになるべく凛とした言い方をしたかったのだが、情けないことに全身どころか声まで羞恥に震えてしまう。「……まだ一枚残ってるだろ」 そんな恥じら
しかし冒険は決して楽しい時間だけではない。 勇者の屋敷に辿り着いたミオは与えられた部屋で荷物を片付けている内に日は暮れる。見せてもらったが、洞窟上部の巨大シャンデリアがゆっくりと暗くなっていく光景はなんとも幻想的で美しいものであった。 勇者はまだ海竜の回収に時間がかかっているらしい。 なので彼を待たずに先に夕食の時間となった。 しかし自分の席に置かれた夕食を見てミオは我が目を疑ってしまう。「……え」 夕食は小さなパン一つに野菜クズと言うよりは野菜の欠片をかき集めて煮たようなスープ。そして小さな肉が一切れと言うメニューであった。ミオが今まで見たどんな夕食よりも質素いや粗末な食事である。 驚き言葉を失うミオの隣りで、しかしアルマは嬉しそうな声を上げた。「おっ今日は肉がある、豪華だな!」「これが……豪華」 アルマの歓喜の声に唸るようにミオが呟く。そんなミオに向かいの眼鏡の青年が苦笑いした。「フロード王国の貴族階級では考えられないかも知れないけどね、我々の食生活はいつもこんなものさ」 眼鏡の青年、グリモワールがミオにそう告げる。彼はハーフエルフの青年で、アルマと同じく勇者と共に旅をした魔法使いだ。どんな魔法も使いこなす万能の魔法師と聞いている。「そう……ですか」 確かに家ではこんな質素な食事をしたことがない。ちらりと屋敷の食堂を見渡す。食堂はお世辞にも広くて立派なものとは呼べないが、隅々まで掃除が行き届いておりテーブルクロスも汚れ一つなく清潔である。 安物の花瓶に可愛らい野花が活けられており、カトラリーもけっして高級な品ではないがピカピカに磨かれていた。 貧しくはあるが決して不潔でもだらしない訳でもなく、まさに清貧と言葉が相応しい。 ミオが恐る恐るスプーンを手にしてスープに手をつけようとした時である。「文句があるなら食べなくていいぞ」 その時だ。 よく通る、しかし底冷えのする声が食堂に響く。 ミオが声の方、食堂の入り口を見るとそこには一人の青年がいた。 肩まで伸びた漆黒の髪、中肉中背と言うよりはもう少し細身の肉体が質素な青いブリオーチュニックに包まれている。 幼さと精悍さを合わせ持ったような顔立ち。そして何より火焔鷲よりも鋭い眼光の漆黒の瞳がミオを射抜いていた。 目の前にいる男こそ、勇者、レイ・シュタインである。「勇者様
「探したんだぞ……わぶっ」「うわーい! アルマさーん!」 ミオが近付くより早くピラートが緑の髪をぴょんと揺らしながらアルマのドラゴンの皮で出来た胸当ての下、もふもふとしたブルーグレーと白の毛並みの腹目掛けて抱きついた。「な、なんだピラートか……」 勢いよく力加減なしで突撃するように抱きついてきたピラートにアルマが驚く。しかし彼女の受難はそれだけではなかった。「あらー?良い匂いがすると思ったらアルマじゃないのー?」 緑色の旋風が一陣、ミオ達の周囲を囲むように吹いたかと思うとそれは緑色に淡く輝く人型になったかと思うとピラートと同じ緑色の髪の色白の人になった。 これは一体どう言うことだろう。 予想だにしない事態にミオが固まっている内に話は続いていく。「ママ!」「げっヴァラール」「ゲッてなによー?そうやって邪
見知らぬ土地で一人きりになってしまった。 途端にそれまでのワクワク感が一気に萎れてその代わりに不安感で胸がいっぱいになってしまう。 異国の食べ物らしき不思議な匂いと、聞き慣れない生活音は今のミオには心細さを倍増させるだけである。「どうしよう……」 心細さのあまり頭を抱えてそう一人ごちた時であった。「お姉さん、困っているの?」 そう言って背後からミオの袖を引いたのは緑色の髪をサイドで二つに結んだ少女だ。 どことなく不思議な雰囲気をした十歳位の少女が人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてくる。「もしかして外の世界からきたの? 迷子?」 一瞬どう言おうか迷ったが取り繕っても始まらないためミオは正直に頷いた。「……そうみたい」「あはは、ダメな人だなー」 ミオの返答にケラケラと少女は快活そうに笑う。「勇者様にお会いしたいのだけど、勇者様のお家を教えてくれる?」「ゆうしゃー? あ、レイ様のこと? レイ様はねー海竜を倒しに行ったよ」「知ってるわ、海竜をやっつけるところ私見てたもの」 光線しか見てないけど、と言う事実は伏せてミオは少女に自慢げに告げる。「えーいいなー」 少女の予想以上に羨ましそうな顔にちょっと大人気なかったかなとミオは内心少し反省した。そして少女と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。「私はミオって言うの。あなたの名前聞いてもいい?」「ピラートだよ」「ピラート。可愛い名前ね」「えへへ」 ピラートは屈託なく笑う。その無邪気さにミオもつられて微笑んだ時である。「どうしたピラート」 そう言ってミオたちの前に現れたのは体格の良い大人の男性である。男性はその若さの割に老人のように杖をついて歩いていた。片足を引き摺っている。平然とした表情や歩みの速さからして生まれつきか、古い怪我の後遺症なのかも知れない。「あっパパ! この人ミオさんって言って迷子なんだって!」「はは……こんにちは」 ピラートがパパと言うからには彼はピラートの父親なんだろうか。元から得意ではない愛想笑いをぎこちなく浮かべてミオは軽く彼に会釈する。「勇者様にお会いしたくてアルマ様と行動を共にしていたのですが、島の物珍しさにあちこち見回っている内にはぐれてしまって……」「なんだ、レイ様のお客か。大通りまで行けばすぐだが、ここらは道が入り組んでいるからな。
そうして数時間後、船は港とはけして呼べぬような簡素ないや粗末と言った方が相応しい船着場へと到着した。「……」 トランクを持って下船したミオは辺りを見渡し、その光景に困惑を隠せない表情を浮かべてしまう。 到着した幽霊島は「災厄」と呼ばれた赤竜が棲処としていた時と恐らくは全く変わらない様子で荒れ果てており、まさに未開の地そのものであった。上空は今にも雷雨が襲ってきそうな程曇った鉛色の空である。気温は低く吹きつける風も冷たい。何せ客船の中で引っ張り出した真冬用のコートを着ていても体の芯から凍えていきそうなのだ。 そして地上は赤竜の全身から放たれていたと言われる毒霧の影響だろうか草木一本生えない、まさに岩だらけの荒野であった。 そんな島の悲惨な様子にミオは先程微かに見えたような希望の光が消えてしまうような気がした。(一体こんなところにどうやって住んでいるの?)「何してんだ、下に行くぞ」 荷物が入った大きな木箱を二つ抱えたアルマに促されてミオは慌ててトランクを引き摺って着いていく。舗装もされていない道では引き摺るよりも持ち上げた方が早かった。 荒野の中でもまだ歩けるマシな獣道をスタスタと歩いていくアルマに暫くえっちらおっちらと追いかけていく。アルマがミオの棘鎧亀の如くノロマな歩みに合わせて歩いてくれているのが分かった。そうして歩いている内にやがて岩山の中に重厚な鉄門があるのが見えた。 門番に二人に見張られたやたら真新しくピカピカに磨かれた鉄の門である。アルマが声を掛けると門番たちがその錆一つない重たげな門を開いた。「わあっ……!」 門の中、洞窟の中へと連れていかれたミオはその広大さに思わず呆気に取られてしまう。 広大、なんてものではない。正にフロード王国の王都一つ分の面積の都市が丸々その洞窟の中に広がっていたのである。 洞窟都市である。 その雄大な光景をミオは興奮した面持ちで見渡す。 地上はどんよりと重々しく曇っていたのに洞窟は何故か明るい。地上よりも明るいのはどう言うことだろう。 所々に松明の灯りがあるが、それだけではこの明るさは説明できない。 ミオは洞窟の上を見る。 するとそこには空中を浮かぶ美しい巨大なクリスタルの城があった。 いや城と見まごうばかりの巨大なシャンデリアが下がっている。そのシャンデリアが太陽のように眩く輝き、洞
その刹那凄まじい黄金の光線が一条、荒波を切り裂き、そしてそのまま巨大な海竜の身体をも真っ二つに斬ったのである。「は……?」 これにはミオどころか荒事に慣れているはずの船員たちでさえ呆気に取られてしまったようだ。 ただ一人獣人だけがふうと溜め息を吐く。「全くレイの奴、いいとこだけ奪っていくんだもんなー」 レイとはまさか勇者レイ・シュタインのことだろうか。確かにあの海竜を倒した光線はあの日城壁を破壊した光線にとてもよく似ていた。「おおい、海竜の回収は任せていいのか?」 獣人は甲板から身を乗り出して何言か会話を交わす。 そして、くるりと振り向くと今の今までずっと甲板でへたり込んでいたミオに肉球のついた手を差し伸べた。「大丈夫か?」 よく見れば獣人は女性らしい。ブルーグレーの艶やかな毛並みに覆われている為、遠目からではよく分からなかった。しかしこうして近付いてよく見てみると、快活な表情に彩られた柔和そうな顔立ちは狼型の女性のそれであった。 目を丸くしてそれからミオは礼を言いながら獣人の手を取った。「はい、ありがとうございます」「アンタの心配じゃないよ、こっちは積荷の心配をしていただけ」 ミオの礼にニヤリと狼の牙を見せて彼女は意地悪そうな笑みを浮かべた。返答に窮したミオは一瞬固まるが、すぐにアルマはプッと吹き出して破顔する。「なんてね、冗談だよ。あんたがフロード王国からの押しかけ女房ってやつかい?」 その人懐っこい狼の笑みにミオは彼女は恐い人ではなさそうだと内心安心した。「……私のことが分かるんですか?」 まさか彼女は勇者の関係者なのだろうか。 問いかけながらも、ミオは初めて魔物に襲われたことで動揺していた心をなんとか落ち着かせてじっと彼女を見つめる。 彼女の特徴はよく知っている気がする。 ブルーグレーの毛並みをした狼型の獣人。 そして勇者の関係者の女性。「あなたもしかして、アルマ……さん? 勇者レイ・シュタインのパーティの獣人アルマ?」 名前を思い出したミオはハッとした顔でそう問いかける。 その問いかけに彼女は少し意外そうな顔を見せた。「へぇアタシを知ってるの?」 肯定と取れる言い方にそれまで恐怖に蒼ざめていたミオの表情がパアッと明るくなる。「知ってます、女性なのに冒険者やってて、すっごく強くて竜もみんな棍棒と爪で